音楽ってなんなん?
あら〜気がついたら夏も終わり、Liveも終わり10月になってしまった。
今日(10月8日)井の頭公園を走ったらまだセミが鳴いているのには驚いた。いまだに気温が高いので来年生まれる予定のセミが出てきてしまったのかもしれない。
今回もLiveの新曲は7曲で作曲からアレンジ、Macへの仕込み、で持って練習始めてから頻繁に手を入れたりしたもんだから、まぁこんな感じになってしまったわけで、Liveはあいかわらずのポンコツだった...。
でもお客さんも思ったより入ってくれて、今回初めてきてくれたお客さんも結構いたりして、リピーター含めてよく足を運んでくれてます。
ありがとうございます!
Clairaudienceは1枚もアルバムだしてないから、リピートしてくれてる人もなかなか曲を憶えられないみたいで、新曲をここまで頑張って作らなくてもよいかな、などとも思ってます。今回も1曲温存したので、8作ったことになるw まっ、そのあたりは成り行きでいきましょ。
最近読んだ、中村明一著「倍音」、これが最初、森真一の声や美空ひばりの声の倍音の話とかで全然つまらなくて、ほかっておいたんだけど、ライブも終わり少し落ち着いたので、読み進めてみた。(基本読み出した本は最後まで読むタイプの読書人)
ところが第5章あたりからにわかに面白くなってきて、第7章 「人間にとって音、音楽とは何か」は非常に面白かった。
多分作者は最初、とっつきやすい話にすることで多くの人に読んで欲しかったのかもしれない。
でもって何が面白いかというと、僕が常々思ってたことが腑に落ちた感じなのだ。
人間は情報を交換することで存在している。肌で触れる、舌で味わう、嗅ぐ、見る、聴くといった五感を使って情報を交換している。
そのなかで「見る」「聴く」の二つだけは直接触れることなく波を検知しているのだ。見ることは光の検知でそれはスペクトラムという波、聴くはいわゆる空気の振動、周波数である。
さらに聴覚以外は意識下で認識されるが、聴覚は無意識の領域に直接アプローチできるということ。
つまり「音楽」は絵画や演劇や映画とちがい無意識に直接届く分うそがない、真実性が高くなるそうだ。
確かに音楽は言葉が介在しない抽象的な音の集まりだから、嘘をつくのは難しそうだ。そして無意識は判断とか反省とかはおこなわないわけで、逆に理性が理解することのできない本質を直感的に感じることができるということらしい。
人はそれぞれ無意識の深層でその個人が育った環境から育んだ音楽の好き嫌いがあって、さらにその先に個人を超えた民族とか人類の普遍的な
音の情報もあるのではないかと思う。
聴いている音楽が、それぞれの人の無意識の世界と共鳴すること、それがその人の音楽の好き嫌いにつながってるような気がする。
音楽は振動する小宇宙なんだよね。
少しづつ僕の音楽に共鳴してくれる人が増えると嬉しいし、それを目指して音楽作ろう〜と思いながら12月5日の晴れ豆ライブに向けて曲を作ってる今日この頃なのであります。

