フリーというしごと

僕が以前所属していた東京サウンドプロダクションを辞めてフリーになったのは28歳の時だった。同じ業界内でフリーになることは、ほとんど前例がないことだったが、当時レギュラーだった、「川口浩探検隊」と「美女紀行」のプロデューサーが以前の会社と掛け合ってくれるという援護射撃があったのだ。おかげでなんとか家族に迷惑をかけないでフリーになったが、1年も経たないうちに、以前の会社にいたEくんが、どうしても僕の下で仕事がしたいと連絡してきた。ここでも、なんとかなるかなと、近所のアパートの敷金までだして彼を迎えてやった。彼の部屋の隣が仕事部屋、といっても6畳二間の狭い空間で、そこにDENONのDH-610Sを2台、テクニクスのCDプレーヤーSL-P1200を置いて仕込みをやっていた。
その当時(1978年頃かな)はちょうどCDがで始めた頃でまだLPが中心だった。おそらくターンテーブルはDENONのDP-2500だったかなぁ。
話は戻るけど、僕は東京サウンドプロダクションでは選曲の仕事をしていた。当時は音響効果と選曲は分かれていて、効果はドラマの仕事を頂点にバラエティーは「欽ちゃんのどこまでやるの」がゴールデンの華やかな仕事となっていたわけで、選曲はどちらかというと効果より下に見られていた。人数も少なく、効果さんからも選曲仕事頼まれたりもしていたな。
でも時代は間違いなく選曲の時代には入っていた。その代表的な番組が「川口浩の探検隊」シリーズだったわけで、そのあたりの話はまた次回。

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