作曲家と演奏家、それを合わせてアーティスト!

梅雨に入ってこのところパッとしない天気が続いている。先日ひさしぶりに伊豆で10日間ほどすごしたので、そのあいだ頑張って3回ほど走った。
Liveの前は1ヶ月ほど走る時間が取れなかったので順調に2kg増えた。走らないとすぐ体重増加に直結するのがなんとも腹立たしい。そんなわけでLiveも終わりここは気合を入れて走るかなと思いったたわけで、幸いそのときは天気もよく気持ちよく走れたのだが、3回目走り終わってから膝が痛くなり翌日から痛みがなかなかとれない。伊豆高原のコースはアップダウンがきつくて相当ひざに負荷がかかっていたようだ。いまはだましだましスローペースで井の頭を走ってる。

きのう先日のLive映像をパートナーが編集してくれて通しでみることができたんだけど、まぁ惨憺たる状況だ。全ての曲がオリジナルでみんな初めて聴くからそれが間違ってんだか狙いなんだかよくわからない状況におちいっていて、薄氷のライブが進行したといった感じだった。(特にギターのへたさは耳を覆うほどだった)
一つ言い訳をすれば僕は作曲家で演奏家ではない、ということだろうか。
以前はそんなことを思っていたのだが、このところいい演奏家になりたいとういう願望というか欲望というかがふつふつと湧き出てきた。

遥か昔、バッハやモーツァルト、ショパンもリストもそれはピアノがうまかったらしく作曲家が自らの曲を演奏するのは当たり前で、そのヴィルトォーソ的な技術が作曲に反映してなかなか難解な曲も多かった。ところが現代音楽あたりになってくると作曲家と演奏家の線引きができてきて、作曲家はその技法に集中、楽器の特殊奏法に頼ったりもして演奏家の技術にたよるようになるわけ、たぶん。
それは最近のいわゆる商業的な音楽にもいえるわけで、コンピューターを使いDAWベースで作曲となってくると、プラグインの楽器、エフェクターなどの知識の習得が半端なく難しくなる。当然そのための時間の消費も増えるわけで、作曲以前の知識がハイレベルで要求されるわけだ。
そんなわけで作曲したものはコンピューターで再現してもらうか演奏家に依頼するのが当たり前になる。作曲家はピアノやギターなど演奏できなくてもなんとかなっちゃう時代。

でもね、LIVEやってみるとプロの演奏家がいかに努力を積み重ねてるかがわかってくるよね。なんかかっこつけてチャラチャラ演奏してるんじゃない?みたいに思ってたものも自分でやってみると予想外に難しくて基本ができてないととってもじゃないけど余裕ぶってチャラチャラ演奏するのは不可能であるのだな。こいつ、意外と努力家なんじゃない?とかねw
そんなこともあって今は作曲したものを自分でチャラチャラ演奏するのが目標で日々基礎練してまっす。
年内もう一回Liveができそうな気配がただよってきました。

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