最初のうた

とりあえず音や金時のライブが終了した。
当日の朝、Kazumeと合わせをしようとしたらリバーブの調子がおかしい、あれ、おかしいぞ、信号はいってるんだけど返りがこない。でもってこういうとき付け焼き刃で使ってる機材には当然対応できず時間ばっかり浪費。
でもって音や金時でもいろいろトラブってるうちに、演奏用に準備していた脳がエンジニア用の脳に上書きされてしまった。
なんと、なんとリハやろうとしてもすっかり音楽のことがすっとんでしまいそのまま本番突入という、まあ内容に関しては言わずもがなである。いや〜勉強になりました。

最近頭の中で、180万年前から200万年前のアフリカを駆け巡ることがおおい。
スティーブン・ミズンの「歌うネアンデルタール」を読んでいる影響なんだけど、これがなかなか面白い。(ここから後の文章は全て語尾に「らしい」がつく)
180万年前〜200万年前というのはアフリカの森が減り砂漠化に移行していた時期で、2足歩行をしていたホミニドが暮らしの拠点を草原や砂漠に移していった時代だ。「ホミニド」とは猿人から進化した霊長目ヒト科の生物の総称、つまりチンパンジーや猿やオラウータンやゴリラのように二足歩行する人類になる候補がアフリカにはいろいろいたということ。でもって今のホモ・サピエンス以外はすべての種が消滅して今の人類がいるのだな。
このホミニドがアフリカのあちこちにいたと想像するだけでも面白いんだけど、二足歩行をするようになって生物学的な大きな変化が起こる。
その一つに、骨盤が狭くなり赤ん坊が早期に生まれるということがある。
そのため母親の手間がかかるようになったということだ。

赤ん坊は母親にしがみつき(今でも赤ん坊が手をぎゅっと握るのはこのころの名残らしい)いっときも離れようとしないし、母親は赤ん坊を寝かすことでその負担から解放されたのではないか。早く寝て〜とおもいながら。

なんでこんなこと考えるかというと、つまり音楽の起源は「こもり歌」ではないかなということをふと思ったからだ。

昔から音楽の起源というのは学者のあいだで論争のマトになってたわけで、割と多くを占める説は労働だ。あとはコニュニケーションの手段とか。東南アジアでも畑仕事を歌いながらこなす民族は今でもいるんだけど、集団で歌うということ以前に母親が子供に歌うというごく私的な段階があったかなと思う。
子供を寝かしつけるために「うた」のようなものを歌ってこどもを安心させる...ありそうではないかw

でもって話はとんで次回のライブ。
6月14日 晴れたら空に豆まいてで薩摩琵琶の後藤幸浩さんとコラボする。なのでまた琵琶を交えた新曲を作らなければならない。

180万年前のことを考えながら、現実の時間が減っていくのに少々焦ってる今日この頃です。

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